人は童貞に生まれるのではない、童貞になるのだ

ボーヴォワールは「人は女に生まれるのではない、女になるのだ」と自身の著書『第二の性』で述べており、これは女としての役割を押し付けられていることに対しての社会批判であり、女性の主体性の獲得を主張している言葉である。

初めに、私は童貞の主体性の獲得云々を主張するためにこんなタイトルの記事にしたわけではないということを伝えておく。その主体性がないから童貞なんだよ。



さて、先日私は数多の女性たちに「やーい(素人)童貞!」と罵られる夢を見た。私にとってこれはご褒美でも何でもないのでなかなかつらい感じで目覚めたのだが、そういえば童貞というものが呪いのアイテムのようになったのはいつからなのだろうか。
生まれたての赤子に対して「やーい童貞!」と言う者は誰もいないだろう。赤子どころか小学生に対してもいないだろうし、小学生で「俺童貞なんだよね…」と思い悩む者もいない。ところがアラサーになった今では割と敬遠される状態異常として扱われてしまう。明確な童貞の納期もデッドラインも提示されてこなかったにも関わらず。いつからこうなってしまったのだろうか?

男は生まれてしばらくのうちは誰しも「童貞予備軍」でしかない(過激派は人間は女性の股から生まれるのだから全員非童貞などと言うが)のだが、いつしか気付いたら一定数が「童貞」になっている。突然自覚したり人に言われて気付いたり、その童貞としてのキャリアのスタートは人様々ではあるが、それゆえに童貞とは紛れもなく後天的な概念であると考えられる。
そして最近ではSNSの発達もあり、性交渉の有無の事実に関わらず「童貞っぽさ」というものがSNSでは常に語られがちで、みんなで好き勝手に、かつリアリティのある童貞像を作り上げている。
ここで指摘されがちな「童貞っぽさ」というものだが、これが不思議と同意を呼ぶものばかりで、皆はある程度その童貞っぽさに共通的なイメージを持っているようである。指摘される事項としては挙動不審だったり服装だったり顔つき(妙に幼い)だったり歩き方だったりと、枚挙に暇がない。しかしそのいずれも後天的な特徴ばかりで、童貞の後天性に拍車をかけている。それらの特徴は長年かけて培ってきたその人らしさであり、童貞らしさなんかではない。バカにしていいものなんかではない。童貞っぽさをバカにするんではなく単に気持ち悪いと言ってほしい。


最初はヨーイドンで皆同位置からスタートしたはずなのに、誰もが無垢で愛くるしい赤子だったのに、いつしか「童貞っぽい」と後ろ指を指される人が出てきて、そういった人たちがつらい思いをするような社会になっていて…どうしてこんな悲しい差が生まれてしまうのだろうか。
先述のように、不思議と皆共通的な童貞像を抱きがちであるし、正直実態としてもそれに近しいものがある。「童貞の特徴wwww」などとインターネットであれこれ言われても全て的中しており、否定できないのが悔しくてしょうがない。先日SNSでチーズ牛丼顔という、「童貞が好きそうな食べ物であるところのチーズ牛丼を食べてそうな顔」というものが流行っており、チーズ牛丼が好きな私は最初は「俺のことをバカにするのはいいがチーズ牛丼をバカにするのはやめろ!あんなにおいしいものを!好きで食べてる人が食べづらくなるだろ!」と思っていたのだが、いざそのチーズ牛丼顔をみたら私そのものだった。こいつら、童貞を的確にオモチャにしてやがる。チーズ牛丼には何も罪もないのに自分たちのせいでチーズ牛丼がバカにされている、とても悔しい。


こうも皆して見事に童貞のことを言い当てるとは、実は童貞のことが好きなんじゃ?などと思わなくもないが、そもそもの話としてここまで皆が共通の童貞像を持っているのは不思議である。人は生まれ、様々な個性を養いながら成長していくはずなのにどうしてここまで画一的に、そして的確に童貞のことを表現することができるのか?

ここから言えるのは、童貞は個性を持った多様性ある人間の一人ではないということだ。社会の作り出した「童貞」という枠に知らず知らずのうちに収まってしまった、いわば量産型なのだ。能動的に人生を送らなければここに収束するルート、童貞エンドである。自分に個性があると思うな童貞よ。型にはめられ、それを否定できない童貞どもよ。



人は童貞に生まれるのではなく、童貞になるのだ。
もし童貞になってしまっている現状に気付いたのであれば、まず形から入るのもいいかもしれない。童貞っぽいと言われることをやめて、反対のことをしてみよう。目線を上げて歩き、体型を整え、オシャレをして、人の目を見てはっきり喋り、チーズ牛丼にタバスコをかけて食べるのをやめてみよう。皆の描く、その他大勢のモブキャラ童貞から抜け出せることができるかもしれない。
チーズ牛丼はおいしいので童貞じゃない人はどんどん食べてください。


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